「ブラジャー物語」         

      「わたしのブラジャーとの出会い

                                青 山 ま り

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 それは東急本店で、あるデザイナーの服を売っていたときだった。東急本

店というのは、松涛と目黒の奥様を対象にしたデザイナーものの商品が中

心で、そこで働く販売員の人も、客層に合わせ、四十代以上のミセスの人が

多く配置されていた。そのため、出勤時、退店時に目にするどの販売員さん

も、みごとに良いものを身につけていた。

  当時、服飾の仕事についたばかりだったわたしは、そんな

良いものはもっているはずもなく、いつも目を楽しませていただくばかりだった。

  そんなある日、わたしはいつものように社員食堂で昼食を済ませ、従業員

用エレベーターで売り場へと向かっていた。エレベーターの中には、ほかに

二人のオバサンが乗っていた。ふと目をやると、右側のオバサンの胸が、

「嘘でしょ?」というぐらいカッコいい形をしていて、それはまるでルーブル美術

館の彫刻のようだった。そのオバサンの服装は、白いブラウスに黒いスカート

といった、それほど高価なものではなかったが、その胸元は、海外のオーク

ションで億以上の価格でさばけるのではないか、と思えるくらい超一級の美術

品になっていたのである。

 ・・・わたしは身動きができなかった。世の中に、こんなにも美しい胸元が

存在するのだろうか。・・・そして、恥じた。今まで、なんて見た目の美しい服

ばかり追求してきたのだろう、と。 そして、わたしの中で、天と地が崩れ落ち

ていく音が聞こえた。心臓が、ドクドクドクドク激しく脈打ちながら、脳に、

「ここはエレベーターの中、早くしないと、着いちゃうよ!もう着いちゃうよ!」

と、緊急指令を送っていた。急いでわたしは尋ねた。

 「きれいな胸元ですねえ!どこのブラジャーですか?」

 「チーン」

 皮肉なことに、わたしがそのオバサンにそう尋ねるやいなや、エレベーター

は最初の停止階に着いてしまった。まさか、自分の売り場ではない階に、

その知らないオバサンの後ろにくっついて降りるわけにもいかず、

 「これで、一完の終わりか・・・」

と、わたしはただただ手に汗握っていた。すると、オバサンは、そんなわたし

をあざ笑うかのように、余裕の表情で、

「フランス製よ・・・」

と一言言い残し、もう一人のオバサンと連れ立って消えていった。

 そして、エレベーターは閉まり、また元の世界へと引き戻されたのだが、

わたしの頭の中では、「フランス製」という言葉だけが、ぐるぐると廻っていた。

                

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 それからが大変だった。どこのお店で売っているのかも、何ていうブランド

なのかもサッパリわからず、手に入れるには、ものすごい困難を極めた。

 そんなある日、わたしはテレビを見ていた。コマーシャルになって、他の

チャンネルにまわした瞬間、「Aカップから、Bカップになった人もいますよ〜」

と、ブラジャーを持って、ニッコリほほえんでいる販売員さんが画面に映った

のを見逃すはずはなかった。どうやら、そこは下着専門店らしく、フランス製を

はじめ、海外の商品をたくさん取り扱っているという。

「これだ!」

・・・ピン!ときたわたしは、メモとペンを取り出し、身をのりだすやいなや、

画面はすぐに、他の話題に切り替わってしまった。

 ショックだった。エベレストの九合目まで来て、あと一歩というところで

地獄谷に突き落とされた気分だった。

 仕方なく、高鳴る胸の鼓動を押さえながら、本屋へ行き、片っ端から

女性誌に載っていないか調べることにした。

 結果は、ここへ来て、初めて吉と出た。女性誌というのは、先月、化粧

品特集だったら、今月は恋愛、来月は旅行・・・というように、同じ話題

は二度とはやらないわよ!というぐらい、めまぐるしく変わるものなので、

下着の記事を今日行って、今日みつかるものではない、という事は重々

承知していた。

 そんな途方もない思いをかみしめながら、一冊、また一冊、と、ページ

を繰っていった。

 みつかった。たった4ページ程度の取り上げ方ではあったが、売って

いるお店の電話番号さえ控えられればよかったわけだから、もう、充分

であった。身震いしながら、サササッとメモし、

「これで、あの幻のブラジャーに一歩近づいた」という喜びで心の中は

いっぱいになりながら、本屋をあとにした。

 

                      

 こうして、やっとの思いで辿り着いたのは、渋谷駅からバスに乗って

二十分ほど行ったところにある、小さな下着専門店だった。

 バス停を降りると、そこは、大通りからは、かなり奥まったところにある、

閑静な住宅街だった。一見すると、一軒家であるそのお店のドアを開け

るときは、もっていたイメージとは、あまりにも違うその環境と店構えに、

驚きの念を隠せず、何だかおどおどしてしまった。

 その未知の扉を開き、

「あのー、フ、フランス製のブラジャーが欲しいんですけど・・・」

 どうふるまっていいのか、わからないわたしは、すぐにそう店員さんに

呼びかけた。一軒家のリビングルームのような雰囲気の店内は、所狭

しと下着が並んでいて、ほかに二、三人の人がいるだけで、いっぱい

いっぱいだった。

 四十歳くらいの、ベテランそうな落ち着いた雰囲気の店員さんが

やってきて、すぐに試着室へ案内された。

 ここからが、不思議な世界。

 上半身裸になったわたしにメジャーを当て、慣れた手つきで採寸をし、

その店員さんは、すぐに二個のブラジャーを持ってきた。と思いきや、

直ちに手とり足とり、ブラジャーのつけ方を伝授してくる。

 「こうやって、前かがみになって、脇に流れているお肉を前に寄せ、

しっかりとカップにおさめます。」

 わたしは、店員さんが、ブラジャーの中にまで手を入れてくるので、

そんな体験、初めてだったので、手を入れてこられるたび、ドキドキ

してしまった。

 しかし、店員さんは、そんなわたしの心の中はおかまいなしに、

わたしの脇のお肉を何度も寄せては、カップの中に収めていた。

 「右のお胸の方が、やや小さいようですので、右側に、パッドを入

れましょうね。」

 「え?」

 愕然とした。わたしは、今の今まで自分の胸が左右で大きさが

違うということを知らなかった。何で?何で?・・・自分の胸なのに・・・

と、あせくりまくってしまった。すると、その様子を読み取ったかのように、

店員さんは、

「左右の胸が同じ大きさの人はいませんので、安心してください。」

とひとこと。アー、そ、それを先に言ってヨオ・・・。ンモウ、慌てちゃった

じゃない・・・と、胸をなでおろすわたし。

 そして、冷静になって鏡に写った自分の胸をみつめると、確かに、

微妙な差ではあるが、右の方がやや小さいようだった。店員さんは、

瞬時にそれがわかってすごいなあ、と思いながら、

「あのう、・・・なで肩なので・・・」

と、自分の体型で、いつも困っていることを訴えようとしたら、

またもや、一瞬でわたしの内面を読み取って、

「ああ、肩ひもが落ちてこないように、ってことね。だいじょうぶですよ。

肩ひもを、内側に縫いなおしますから・・・。」

と、スラスラと回答。そう、何から何まですごかったのだ。

 服を着て、試着室を出ると、レジの横には、工業用ミシンがあり、

縫い子さんが、わたしのブラジャーの右カップにパッドを縫いつけ、

さらに肩ひもをいったんほどき、内側に縫直してくれていた。

 加工賃は、いくらぐらい取られるのだろう?と、ビクビクしていた小心者

のわたしだったが、それは、なんと、無料だった。

 

                       

 こうしてできあがった、あこがれのフランス製のブラジャー。

本人の強い希望で、清算を済まし、このブラジャーを身につけさせて

もらって帰ることができた。

 なんて幸せなひととき!先ほど伝授していただいたとおりにブラ

ジャーをつけ、ワンピース姿になったわたしを鏡で見たとき・・・、

わたしの胸元は、いつか見た、ルーブル美術館の彫刻になっていた。

ホントになっていた。ピカピカと光っていた。嬉しくて、つい、試着室の

中で一回転してしまった。

 「女に生まれてよかった!」

 そう、思った瞬間だった。それまでに、どんなに高価な服を買ったとき

よりも嬉しかった。

 これまで、わたしは、女に生まれて、損だ、損だ、と思ってきたことが

多かっただけに、それは、まるで生まれ変わったような心地だった。

 堂々と胸をはれるようになった。人生、何も恐れるものはない、

と思えるようになった。

 だって、わたしには、こんなに美しい二つの胸があるのですもの・・・。

 

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